私は人の心が読めてしまう高台家の血筋と
つらいことや緊張する場面を妄想でおもしろおかしくしてしまおうとする
平野家の血筋を引く者です。
大げさに言いましたが
人の心が読めてしまうと言ってもテレパスというわけではなく、
「人の心が読めてしまうと思っている」ただの人です。
\ 繊細さを笑いに変えたい方へ/
人の心を読む気はなくても
「なんで考えてることが分かったの?」
「私この話言ったっけ?」
「いつも通りにしてたのに伝わっちゃった?」
と言われることが多いので気持ちが読めるときがあるのだなと思っています。
「○○ってこと?」「全然違う」ということもあるので、テレパスのように全てがわかるということもないですが…
看護師をしていると
患者さんやご家族の困っている事がわかったり、
診察介助などでドクターが次にほしい物を
言われる前に渡せたりするので
この気質は私にとってはとても大切なものです。
この気質を持つことでつらいのは
「あ。今この人はあんまり楽しくなさそうだな」
「私のことをあんまり好きではなさそうだな」
「相手が嫌がってるのにこの人は自分の気持ちを通したいんだな」
と感じ取ってしまうときです。
相手が出していない感情は読み取りたくない感情も多いです。
私は気持ちを読み取りたい場合と
読み取りたくない場合を使い分けることができないので、
人の欲やエゴの部分が見えてしまったときには自分が疲弊してしまいます。
この気質は最近「繊細さ」という言葉でよく知られるようになっていて、
診断は受けてないですが私もその中の一人なのだと思います。
私は繊細さと同時に平野家の血筋も引いています。
語尾が「ゲス」の生き物とは
ハリーポッターを読んだ頃から友達でした。
私は木絵ちゃんのように自分の世界に入り込んで、呼ばれても気づかないくらい妄想を膨らませることはできませんが。
高台家の気質と違って、
木絵ちゃんの方は自分で場面を選ぶことができます。
本当は初めての場面や電話が苦手ですが、
世帯を持ったり子どもがいたりすると
初めての場所や人にも会わなければならず、
電話も避けられません。
そんなときは木絵ちゃんのようにそこにいる人たちのキャラを立てたり
劇調にすることで緊張をほぐしています。
会議などで幅広い意見が必要な時には数人呼んできて議論させます。
この漫画の紹介を読んだ時、
「私は高台家の人と同じだ!」と思って読み始めたのですが、読み進めて行くと
「平野家でもあったんだ!」と気づき笑いがとまりませんでした。
繊細さは社会生活での困りごとや生きにくさのように語られがちです。
私は平野家の血筋のおかげでバランスを取ることができています。
私は繊細さについてあまり人と話したことがないので、高台家の気質にはもれなく平野家の気質がついてくるのかはわかりません。
もし繊細さゆえに苦しい思いをしている方がこれを読んでくれたらと思います。
繊細さの楽しさや世界の広げ方を知ることができるのでお勧めです!
\ 繊細さを笑いに変えたい方へ/